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たくさんの『野ばら』が生まれた理由 横山 淳子
154以上もの曲が『野ばら』に付けられていたなんて、みなさんご存知でしたか?シューベルトやヴェルナーの曲は、日本の教科書にも登場するなど、馴染み深いものでしょう。しかし、その他にも無名な作曲家から、ベートーヴェンやシューマン、ブラームスまでもが曲を付けています。一体なにゆえ、『野ばら』という一つの詩から、これ程たくさんの曲が生まれたのでしょうか。
【「民謡」から「民謡調歌曲」、「ドイツ・リート」へ】
ゲーテが活躍した18世紀末から19世紀にかけて、フランス革命の余波を受けたドイツでは、市民層が新たな文化の担い手となりました。彼らは、読書、演劇、音楽、自然科学研究といった共通の趣味の元に集まり、意見や知識を交換・共有することで新たな人間関係を築こうとしました。この、身分や階級を越えた〈集い〉は、市民層が教養を身に付け、絆を深める場となり、近代ドイツ社会を形成する母胎となったのです。 そんな〈集い〉では、盛んに歌が歌われました。参加者全員が声を合わせて歌うことによって、楽しみを享受しながら、心を一つにすることができたのです。
【集いの絵】
『愉快なカントール―楽しい集いのための新しい歌集』(1824年、エアフルト) 集いの楽しみがコミカルに描かれ、当時流行りの人生讃歌『人生を楽しめ』を歌っている。年寄りから子供までが集い、炭鉱夫、司祭、法律家の姿もあり、犬や天使をかたどった陶器までが声を合わせている。壁の絵画ではダビデが竪琴を弾き、天井にはバイオリンが刻まれている。
彼らは主に、「民謡」を歌っていました。素朴でありながら、人間や自然の真髄を的確に描く民謡の詩は、人々に好まれました。また、民謡では、言葉に必ずメロディーが伴います。詩とメロディーが一体となっている民謡は、歌いやすく覚えやすいものでした。 〈集い〉では歌集が用いられ、沢山の詩が提供されましたが、楽譜はほとんど掲載されていませんでした。楽譜の印刷にはコストがかかる上に、楽譜を読めない人がほとんどだったからです。従って、民謡のようなシンプルなメロディーが好まれたのです。
【歌集の表紙】
『古い歌・新しい歌を集めた、楽しい集いのための歌集―知られたメロディーにて』(1820年頃、ライプツィヒ) 印刷業の発達に伴い、〈集い〉のための歌集が次々と出版された。「〈集い〉の楽しさ」や「知られたメロディーで歌えること」を強調するタイトルが多かった。この歌集には民謡の他、ゲーテ、シラー、ヘルティーらによる123編の詩が収録されている。
当時、詩人として活躍していたゲーテやビュルガー、作曲家ではツェルターやライヒャルトらも、〈集い〉に参加していました。そこで民謡から多くを学んだ彼らは、さらなる民謡の収集や、民謡集の編纂にも力を注ぎました。そして、民謡のスタイルを踏襲し、新しい詩やメロディーを作って〈集い〉に提供したのです。彼らの歌は「民謡調歌曲」と呼ばれ、民謡と共に〈集い〉で歌われました。
【少年の魔法の角笛】
民謡集『少年の魔法の角笛 第2巻』(アルニム、ブレンターノ編纂、1809年、ハイデルベルク)全3巻で、ドイツ全土で採集された723編の民謡を収録。ゲーテ、ハイネ、アイヒェンドルフといった詩人、ブラームス、マーラーら作曲家に多大な影響を与えた。
その一方で、ゲーテらの詩は〈集い〉の枠を越え、ピアノ伴奏付きの独唱曲として演奏会などで歌われるようになりました。これは、「ドイツ・リート」と呼ばれる歌のジャンルで、一般的には1814年にシューベルトがゲーテの詩『糸を紡ぐグレートヒェン』を作曲したことによって誕生したと言われます。「ドイツ・リートの詩と音楽は最も幸福な結婚である」と喩えられるように、詩と音楽が対等に主張し合いながら一つの世界を創り上げています。
ところで、ヴェルナーは、かの有名なシューベルトの『野ばら』を知ったうえで、自らも曲を付けています。シューベルトの作曲が気に入らなかったのかは分かりませんが、シューベルトの『野ばら』が少々ドラマチックで素人向きではないのに対して、ヴェルナーは、誰でも歌える「民謡調」のメロディーを必要としたのでしょう。『野ばら』の作曲家の大半は、通常の音楽史で取り上げられない、いわば無名な作曲家で、地域の人々に歌を教えていた学校の教師や教会のカントールなどでした。
【100曲の『野ばら』】
本日演奏される100曲の『野ばら』は、形式も編成も様々ですが、特に注目すべきは、民謡によく見られる有節形式での作曲で、全体の約7割に上ります。有節形式では、全詩節が同じメロディーで歌われるため、メロディーを覚えやすくなります。これは、『野ばら』が〈集い〉で歌われるようにという作曲家の意図の表れとも言えるでしょう。
しかし実は、『野ばら』が有節形式で作曲しやすいよう、ゲーテによっても仕掛けが施されています。ドイツ語の詩は、言葉の強音、弱音によるリズムを持っており、『野ばら』を書くきっかけとなった民謡では不規則だったそのリズムを、ゲーテは強音―弱音の繰り返しに整え、全詩節を同じリズムに統一しています。これによって、有節形式で作曲することが容易となったのです。 『野ばら』の作曲のもう一つの特徴は、重唱曲、合唱曲が合わせて3割以上を占めている点で、中には伴奏のないものもあります。〈集い〉は当初、酒場や家庭での比較的小規模なものでしたが、ベルリンのような大都市を中心に、組織や規則を伴った「合唱協会」と呼ばれる団体も誕生してきました。そもそも声を合わせて歌うというスタイルは、中世から教会で歌われてきた讃美歌に通じるもので、これが〈集い〉や「合唱協会」という形で受け継がれ、19世紀半ばには「合唱運動」と称されるほど盛んになっていたのです。
もちろん、歌い手に高い技術が求められ、ピアノ伴奏も重要な役割を持つような作曲、いわゆるドイツ・リートも存在します。『野ばら』の内容は、ゲーテ自身の恋愛に基づくと言われ、唐突に別れを告げる少年とそれに抗う女性を描いています。この男女のドラマを、言葉と共にメロディーやピアノといった音楽によって表現することで、詩の世界が一層深められています。
もっとも、一つの詩に複数の曲がつけられたのは、『野ばら』だけではありません。例えばゲーテの詩では『魔王』に38曲、『トゥーレの王』には51曲、『恋人の傍ら』には71曲、『旅人の夜の歌』には133曲もの作曲が存在すると言われます。こうした数を見ても、ドイツ人がいかに歌好きであり、歌の作り手と歌い手による特殊な歌文化を展開していたかが改めて実感できます。
【ゲーテが好んだ『野ばら』】
ところで、『野ばら』を書いたゲーテはというと、「〈集い〉で歌われ得ないものは、真の詩ではない。モノローグがドラマでないように。」と、作曲家のツェルターに語っているように、詩が〈集い〉で歌われることを高く評価していました。 従ってゲーテは、素朴なメロディーとシンプルな伴奏、歌いやすい有節形式の歌を好みました。ドイツ・リートの最高峰とされるシューベルトの『魔王』にゲーテが関心を示さず、シューベルトの作曲をあまり好まなかったことが不思議なことだとしばしば指摘されますが、大衆には歌いにくかったシューベルトの曲は、〈集い〉には不向きで、ゲーテの意にそぐわなかったのです。
【ワイマールでの〈集い〉】
ゲーテも参加したワイマールでの〈集い〉の様子。 〈集い〉はゲーテにとって、新しい歌に触れたり、友人と交流する機会であり、それは作詩のきっかけにもなった。
本日は、民謡から出発したゲーテの詩が、時代や国をも超えた100通りの作曲で演奏されます。ゲーテが聞いていたら何とコメントするかと、気になるところでありますが、何よりも人が集う中で歌が歌われることを愛していたゲーテ…東方のはるか遠い国で、200年以上もの時を経て行われる本日の集いを喜んでくれることでしょう。
横山淳子 (よこやま じゅんこ)
上智大学外国語学部ドイツ語学科卒業。東京藝術大学大学院音楽研究科音楽文芸専攻修士・博士課程修了。現在、同大学院教育研究助手。在学中、ミュンヘン大学、フライブルク大学留学、及び、ドイツ民謡研究所にて資料収集を行う。博士論文:〈集い〉の歌文化とゲーテ――歌の受容と展開。 藝大アートリエゾンセンター主催「ドイツの詩と音楽」、愛知県武豊町民会館主催「ドイツの歌とやさしいお話」等に解説者として出演。
(「野ばら×91」 配付プログラムより)
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